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曖昧な「社会的価値」を求めるのではなく、シンプルに目の前の人に喜んでもらうこと(シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化 関西編)

株式会社仕立屋と職人は、デザインの力を駆使して職人と新しい可能性を見つけ出す活動を行ってきた。
実際にさまざまな職人のもとへと飛び込み、職人に弟子入りしながら、時間をかけて関係を構築。ものづくりにかける想いとユーザーとの距離を近づけていくことを試みていた。

https://shitateya-to-shokunin.jp/

近畿経済産業局公式noteマガジン「KEY PERSON PROFILE」、シリーズ「地域と価値とビジネスを巡る探求と深化」第4回は、滋賀県長浜市で株式会社仕立屋と職人の代表を務める石井挙之さんです。

石井 挙之
株式会社仕立屋と職人 代表取締役

武蔵野美術大学卒業後、東京の広告会社にてグラフィックデザイナーとして勤務。現在は滋賀県長浜市に移住し、株式会社仕立屋と職人の代表取締役として活動しながら、武蔵野美術大学でも教鞭をとる。

取材日(場所):2024年2月(於:株式会社仕立屋と職人/滋賀県長浜市)

職人とともに仕事を進めていくにつれ、支援者というポジションに違和感をもつようになった石井さん。

自分たちもものづくりに携わる一人の作り手でないと、職人と本質的にわかり合うことはできないと思い、2023年9月には自分たちのブランド「シャナリシャツ」を立ち上げた。タンスの肥やしとして眠る思い出があって処分することができない着物を、現代の生活様式に合わせた小粋なシャツに仕立てるという自社ブランドだ。この取り組みは大きな反響を呼び、現在(2023年冬・取材当時)までに約500着の着物が全国から寄せられるほど。

「シャナリシャツ」というものづくりと、経営戦略へのデザイン適用を顧客と伴走するデザインファーム事業。この両輪で同社が描く「職人と一緒に日本のものづくり文化をスパークさせる」というビジョン実現に向けて邁進する石井さんに、社会的な価値と利益とは何か、という問いを投げかけ、インタビューは始まった。

シンプルに目の前の人に喜んでほしい

前職、私はグラフィックデザイナーとして広告業界に携わっていたが、エンドユーザーとの距離がとても遠く、ぼんやりと見える誰かのためにデザインをすることが、本当に生涯自分がやっていくことなのかと思い悩み、一念発起して退職した。海外留学の後、日本各地を転々とする中、東北で職人のものづくりの素晴らしさを目の当たりにした。その後、地域おこし協力隊として滋賀県の長浜市に来たのがきっかけで定住している。

長浜で立ち上げた株式会社仕立屋と職人であるが、起業当初は、伝統工芸の職人が抱えている、スコープを拡げると日本の伝統産業の課題を解決したいという気持ちで大風呂敷を広げていた。

だが、今となっては考え方が大きく変わった。私自身のデザイナーという仕事は、誰かの支援者かもしれないが、自分はものづくりの職人のように一作り手としてありたいと思うようになった。要は、「職人のため」という考え方から、職人の生き様に私自身が触れ、「職人と一緒に」ものをつくりたい、すなわち、自分自身も作り手として目の前の人を幸せにしたいというスタンスへと変化したということかもしれない。

シャナリシャツが生まれる工房の様子、琵琶湖から反対方向の山里の古民家が拠点だ

自分自身が作り手としてありたいと思ったときに立ち上げたのが「シャナリシャツ」という自社ブランド事業だ。
世界中にある多くのタンスの肥やしになっている着物を仕立てたいという考えよりも、一人一人に思い出のある着物がシャツになることで喜び、感動してくれる人が目の前に一人でもいたら嬉しい。そんな思いで事業に取り組んでいる。

この事業を産むきっかけのもう一つが、私達が拠点を構えている滋賀県長浜市だ。「浜ちりめん」と呼ばれる友禅の白生地を作っている産地であり、嫁入り道具の文化も根強く残る土地。私の母親世代もみんなタンスに着物が眠っていたが、思い入れのあるものが着る機会を失い、売りに出しても二束三文にしかならない現実とその地域性が合わさり、自身が取り組むものづくりの方向性が決まった。

社会的価値へのつながり

先に述べた通り、同社を立ち上げた当時は職人の抱える課題をデザインの力でサポートすることが大事だと思い、「職人の生き様を仕立てます」というミッションを掲げていたが、振り返るとそのミッションはどこか当事者意識とは遠いところから生まれた言葉だった。

今思うと、自分が職人の立場だったら、「あなたの課題をデザインで支援したいのですが何かできることはないですか?」と上から目線で聞いてくる人間はあまり信頼ならない。けれど、そんなミッションとともに法人化をしたことで、自分たちのビジネス=デザインコンサルティングという型にはめ込んでいく「事業化」の呪いにかかり、3年もの間かなり苦しんだ。

自身の仕事に対するスタンスの変化と試行錯誤について振り返る石井さん

自分たちは職人の世界に入り込んで、弟子のようにそのものづくりの時間を共有させてもらうからこそ、職人と面白いものづくりに携われていたのに、事業化の過程で、活動に自由さがなくなり、楽しくもなく、自分たちがどんどん面白い奴らではなくなってしまった。

一旦立ち止まり、自分たちがしたいことを改めて問い直してみた。すると、ものづくりの職人と目線や立場が近づいてぶつかり合って初めて良いモノが生まれるのではないか、と考えるようになり、そのためにも「シャナリシャツ」事業も抱えることで自らもつくり手でありたいという思いと覚悟をもって、現在の「職人と一緒に日本のものづくり文化をスパークさせる」というミッションに行き着いた。

自らもつくり手でありつづけることが、尊敬する職人とモノをつくることの近道だと言う

そんな背景もあり、正直、「社会的価値」という言葉は、私にはピンと来ない概念。「まちのため」という感覚も分からない。なぜなら、自分もまちの一員であり、結局、それって誰のため?と考えることになる。

私が携わっていく個人が喜びや幸せを感じてもらうことを重ねていくことが、結果として社会的価値を起こせているかもしれない。例えば、子どもも刺激をもって生活できる環境など、自分が良いと思うまちをつくっていくことが、まちの社会的価値につながるように感じる。

様々な領域に深く入り込めることが「利益」

もちろん事業で生み出される金銭的な利益は大切だ。お金を稼ぐことと、誰かに価値を提供することのバランスは崩れてはいけない。デザインの仕事でも、対価として見合うものを自分で値付けしていくことが重要。

しかし、今の当社は社員を抱えているわけではないので、売上や粗利に追われすぎず、その時々のフェーズに合わせた適切な事業サイズ感でいることが何より大事だと考えている。この先新たに挑戦したいことが増えた時も同様で、そのときに適切な事業サイズ感に伸ばせる余力があるか、融資だけでなく出資などを得て、動けるスタンス・余白を会社として持てているかが大事だと考えている。

この工房から、日本のものづくりの可能性を問い続ける

私個人にとっての「利益」は、多様な地域へダイブして、土地のカルチャーに触れ、そこで色んな人に会うことが自分の肥やしとなり、そして何よりも、ものをつくるための刺激となることである。

そして、私にとっての「職人」は、日本のものづくりをつくってきた人達であり、その頂点だと捉えている。つくり手としての職人への憧れと尊敬が私のモチベーションを高め、これからの活動を支え続けてくれるものだと信じている。


KEY PERSON PROFILE

シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化

日本は人口減少という社会の大きな構造変化に直面しています。特に地方経済に目を向けると、少子高齢化の進展と若者世代の首都圏への流出の加速、加えて価値観の多様性やVUCAといった、多様かつ複雑な課題への対応が迫られています。

経済産業省では「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、我が国経済の長期持続的な成長環境を構築すべく「国内投資拡大、イノベーション加速、国民所得向上の3つの好循環」を実現のため、地方と都会、大企業と中小企業といった格差解消を成長につなげつつ、域内需要の減少をもたらす少子化を食い止める「地域の包摂的成長」という考え方を重視しています。

それを受け、近畿経済産業局では「今、地域・社会の価値向上につながる営みとは」「それを担い得る人物とは」について、様々な活動の実際から示唆を得るべく2020年度から本事業を開始しました。その中で、地域の魅力を捉え直し、強みに変え、内外の人々を巻き込み、プロジェクトを推進する「キーパーソン」の存在を捉え、その素養や行動様式などについて解像度を高めながら、多様な地域・場で活躍する様々な「キーパーソン」を発掘してきました。

KEY PERSON PROFILE(キーパーソン探訪&リサーチレポート)

本稿は「KEY PERSON PROFILE 3 地域と価値とビジネスをめぐる探求と深化 自分と社会の関わりしろを捉え価値づくりに臨む十三人による探求(令和5年度)」に掲載の記事を再編集して掲載したものです。