見出し画像

言葉にする覚悟を持ち続けることで紡がれる「若者の希望」という利益(シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化 関西編)

認定 NPO 法人 D×P (ディーピー、以下D×P)は、13歳から25歳までの若者を「ユース世代」として、「ユース世代にセーフティネットと機会提供を」というミッションに、「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」をビジョンに活動を続けている。ここでいう希望は、先の見えない状況下に差す一筋の光のようなものだと言う。

近畿経済産業局公式noteマガジン「KEY PERSON PROFILE」、シリーズ「地域と価値とビジネスを巡る探求と深化」第2回は、認定NPO法人D×Pで理事・ディレクターを務める入谷佐知さんです。

入谷 佐知
認定 NPO 法人 D×P 理事・ディレクター

新卒フリーランスとして広報・管理業務を担う。
株式会社アムにてブランド・広報戦略などに携わった後、2013年より NPO 法人D×P に参加。 2022年よりディレクターに就任。

取材日(場所):2024年1月(於:認定NPO法人D×P ユースセンター/大阪府大阪市)

事業内容は大きく3つに分かれており、1つ目は通信・定時制高校での対話授業や居場所事業(※)、仕事体験ツアーといった学校での取り組み。2つ目は全国の若者とつながる LINE を通じた相談窓口「ユキサキチャット」の運営。そして、3つ目が大阪・ミナミの繁華街に「ユースセンター」を設立し、さまざまな機関と連携して若者を支えている。

(※)通信・定時制高校での事業は2024年3月末時点で一時停止となっています。

若者が「まあ、今後も生きていてもいいかな」と思えるような瞬間や、社会環境を作れたらと考え、活動を続けるD×Pの入谷さんに、社会的な価値と利益とは何か、という問いを投げかけ、インタビューは始まった。

社会的価値と言い表すことの難しさ

私たちが「社会的価値」を何かに指定することで、同時に「社会的価値がない」と評価されるものが生まれてしまうのではないかと懸念している。また、私たちの活動は、若者ひとりひとりの状況を聴いて併走するもの。それは若者個人の利益であって社会的利益ではないと捉えられる方もいるかもしれず、どの程度「社会的価値」だと捉えてもらえるかについて難しさを日々感じている。

一方、D×Pの事業は、「ユース世代の、健康で文化的な生活と機会」という価値を生み出せているのではと感じている。なぜかというと、支えたいユース世代の人達へのセーフティネット的な福祉というニュアンスだけが大事とは思っておらず、彼・彼女が生活圏の中では出会わないだろう人との関わりという(現状から変わることができるかもしれないと感じる)機会を提供していると考えているからだ。 

生活の中に、事業アイデアが埋まっている

D×Pでは創業当初から「否定せず関わる」という姿勢を大切にしている。自分の価値観で決めつけるのではなく、どんな背景でそのような行動をとったのかについて想いを馳せる。実際、大人から自分の言動をジャッジされそうだと感じた時点で若者は相談することを諦めてしまうと感じている。

そんな価値観で進めてきた事業には、体験をもとにアイデアが生まれたものが複数ある。

「ユキサキチャット」事業は、オンラインでつながっている知らない人だからこそ率直に話せることがあると感じたスタッフのSNSでの個人的体験をふまえて、リアルの場で出会えない若者にリーチするために生まれた。その後、コロナ禍を経て、実情に合わせた食糧支援や現金給付、支援年齢の拡大なども行い、事業として成長していったのだ。

D×Pが運営する「ユキサキチャット」(D×Pホームページ)

「ユースセンター」事業も、過去に家庭や学校に居場所がなく街をぶらついていたスタッフの個人的体験が原点にある。そこではゲームやクッションなど、ユースセンター内でほしいものや置いてほしいものを若者自身がリクエストすることもできる。そんな行為を通じて、若者がユースセンターという社会を、実際に変化させることができる経験が得られることで、周囲へ期待を寄せる第一歩となるかもしれないと感じている。

ユースセンターの設備は利用する若者とともに変化していく

削ぎ落とされてしまうものがあっても、覚悟を持って言葉にする

事業の価値を伝えることには、さまざまな難しさがある。

まず、 D×Pの事業は支援者と受益者の両方が国内にいるため、支援者に届けたい情報は受益者である若者たちも受け取ることができる状態だ。D×P では若者たちとの関係性を作ることを優先しているため、たとえ支援者への訴求に効果的であっても、若者たちをカテゴライズする表現など使わない言葉も実際ある。D×P を活用した若者にとって、辛かった時期のことを発信されることに抵抗のある人も多い。

入谷さんと共に歩いた心斎橋の川沿い

金銭や人手などのリソースを得るためには、D×P として支援を期待したい(企業や行政などの)相手が、価値を感じやすく納得しやすいような表現も効果的であり、それで得られるものがあると理解している。一方で、そういう表現にした際に必ず削ぎ落とされてしまう実情があることは常に悩ましい。

例えば、「ヤングケアラー」という言葉ができ、そういう子どもたちがいることが初めて世に認知され、支援施策が出来た一方で、その言葉の定義からは外れてしまう子ども達もでてきてしまう、そんなイメージ。

しかし、実際に広報をする際には断定的な表現をすることもある。それによって受ける誤解や傷つく人もいるはずだが、それでも、その内容を出すことに意義を感じるため、覚悟を持って発信している。

「生きていてもいいかな」と若者が思えることが利益

「事業における我々の利益とは何か?」という質問に答えなければならないのであれば、「生きていてもいいかな」と若者が思える状態にあることが利益であり、D×Pの事業の価値ではないかと思っている。

ただ一方で「やりがい」が利益になりすぎることには忌避感もある。「人に頼られている」という支援者側の満足感・充足感を満たすことが目的にすり替わり、若者の選択肢を奪うようなことはあってはいけないからだ。

取材後、入谷さんがD×Pのユースセンターの部屋を見回して、その空間ひとつひとつにあるエピソードを教えてくれたのが印象的だった。

また、私たちの活動においては当事者の若者と直接関わるスタッフが疲弊しないサステナブルな環境づくりも必要だと考えている。医療従事者や介護・保育者と同様に、若者と関わる従業員もエッセンシャルワーカーだと思っている。

若者からの複雑性の高い相談を多数受け取り、幅広い専門性が求められる従業員がバーンアウトせず働き続けられるよう、その地域の平均給与を目指してベースアップを続けている。


KEY PERSON PROFILE

シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化

 日本は人口減少という社会の大きな構造変化に直面しています。特に地方経済に目を向けると、少子高齢化の進展と若者世代の首都圏への流出の加速、加えて価値観の多様性やVUCAといった、多様かつ複雑な課題への対応が迫られています。

 経済産業省では「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、我が国経済の長期持続的な成長環境を構築すべく「国内投資拡大、イノベーション加速、国民所得向上の3つの好循環」を実現のため、地方と都会、大企業と中小企業といった格差解消を成長につなげつつ、域内需要の減少をもたらす少子化を食い止める「地域の包摂的成長」という考え方を重視しています。

 それを受け、近畿経済産業局では「今、地域・社会の価値向上につながる営みとは」「それを担い得る人物とは」について、様々な活動の実際から示唆を得るべく2020年度から本事業を開始しました。その中で、地域の魅力を捉え直し、強みに変え、内外の人々を巻き込み、プロジェクトを推進する「キーパーソン」の存在を捉え、その素養や行動様式などについて解像度を高めながら、多様な地域・場で活躍する様々な「キーパーソン」を発掘してきました。

KEY PERSON PROFILE(キーパーソン探訪&リサーチレポート)

 本稿は「KEY PERSON PROFILE 3 地域と価値とビジネスをめぐる探求と深化 自分と社会の関わりしろを捉え価値づくりに臨む十三人による探求(令和5年度)」に掲載の記事を再編集して掲載したものです。