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なくしたくない「いなか産業」という想いの「いま」と「みらい」をつなぐ役割(シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化 四国編)

高知県四万十エリアに拠点を構えている「いなかパイプ」は「なくしたくない『いなか産業』をつなぐ」ことを目指し、担い手を探している「いなか(農山漁村地域)」の事業者と、「とかい」からの働き手をつなぐ人材派遣プログラムなどを運営している。

近畿経済産業局公式noteマガジン「KEY PERSON PROFILE」、シリーズ「地域と価値とビジネスを巡る探求と深化」第10回は、一般社団法人いなかパイプ/株式会社いなかパイプの代表を務める佐々倉玲於さんです。四国経済産業局とのコラボ企画です。

佐々倉 玲於
一般社団法人いなかパイプ・株式会社いなかパイプ 代表

高知県幡多郡大月町生まれ。
学生時代より沖縄で NPO を立ち上げ、ワークショップの企画運営やボランティア・市民活動支援などまちづくりに関わる事業を展開。
2009年に高知県に U ターン。

取材日(場所):2024年1月(於:高知県高岡郡四万十町)

いなかパイプの主なサービスは、①いなかでの暮らし方や働き方・生き方を体験できる30日間の研修プログラム「いなかインターンシップ」、②いなかビジネスのマッチングを支援する「いなかマッチ」、③最短で半日からいなかの入り口を体験できる「いなかドア」の3つの研修プログラムだ。

新しく楽しいアイディアが、互いの想いをつないでいる(いなかパイプHP

ご自身が高知県出身・在住の当事者として、いなかの課題に向き合いながら、事業者と働き手の双方の想いをつなぐパイプ役としていなかの産業を支え続ける代表の佐々倉さんに、社会的な価値と利益とは何か、という問いを投げかけ、インタビューは始まった。

マイノリティー当事者としていなかの課題解決に取り組む

いなかパイプがオフィスを構える高知県の四万十エリアは、農業の生産条件が不利とされている中山間地域の一つで人口過疎地域でもある。最低賃金、所得の面においても、高知県は国内で最下層に分類されるなど、マイノリティ地域として様々な課題を抱えている。

令和3年度版過疎対策の現況(2021,総務省)

そもそも、日本にはそうしたマイノリティとなる過疎地域が国土のおよそ63%を占めており、その人口は国内総人口のわずか約9%とされている。
日本を100人の村だと考えた時に、たった9人で63%の土地をなんとか守っているイメージだ。

しかし、たった9人が抱えているいなかの課題を発信しても、なかなか共感してもらえない。マイノリティの課題を自分たちだけ解決するのではなく、どうしたらそれ以外の人も交えて解決していけるのか、というのが私たちが取り組んでいる社会課題だと考えている。

廃業に直面する「先駆者」と、思いをもった「中継者」をつなぐためのパイプでありたい

いなかパイプの事業は一見すると人材派遣業だ。しかし、単なる働き手の派遣・仲介を行っているわけではない。「この事業をなくしたくない」という地元産業の先駆者と「なくしてはいけない」という思いをもった「中継者」、すなわち、いなかをつなぐリリーフ人材を地元産業に繋ぐことで、「いま」と「みらい」をつなぐパイプ役を担っている。

日々、地元産業の先駆者たちと話す佐々倉さん(左)。今回の取材では、株式会社西土佐ふるさと市の先駆者の皆さまと談笑あふれる対話を。

また、そうした中継者となりうる、「とかい」に住む人々が抱える課題にも目を向けている。深刻な人手不足が叫ばれる一方、メンタルの不調を理由に休職する人や自ら命を絶つ人が絶えない日本の現代社会であるが、農山漁村地域で働くという選択によって自分なりの生きがいを見出せるのではないか、という希望も持っている。

やりたいことがないという若者に対して、いなかパイプでは「やりたいことがなければ人のために働く、人のために生きる」というアクションを提示している。

人手不足が叫ばれるにも関わらず、自ら死を選ぶ人が存在する、という社会全体のミスマッチを解消する。何か出口を求めてやってきた人たちが、都会の外での出会いを機に新しい未来をつくっていけるような、そんなパイプを提供していることも、いなかパイプの社会的価値の一つだと思っている。

社会課題を解決するためにビジネスの仕組みを利用する

物々交換のようなかたちで、お互いに支援をし合いながら、お金を介さずにビジネスを回していきたいと考えている。いなかパイプが生み出す利益を一言で表現するのは難しいが、それでも事業を続けたいと思う。

これまで、稼ぐことが難しい領域であるために営利企業が手を出せず、社会課題が放置されてしまっている現状がある。(そんな現状を鑑みて)私は、ビジネスそのものがやりたいというよりは、社会課題を解決するためにビジネスの仕組みを利用しているに過ぎない。

昔から持ちつ持たれつでお金だけで解決しないことも多い地域。人間関係を紡ぎ地域内に人が回る調整役として振る舞う佐々倉さん(左)に大きな信頼感をもつと語る、株式会社しまんと流域野菜の斉藤さん(右)。

行政システムやビジネスが成り立つような領域、すなわち、大儲けできたり、町おこしができる領域。その外側にある課題を、どうビジネスで解決できるか。その外側のなかでも、どうにか事業を続けられる道を模索していきたい。

一方、社会課題を解決するとなったら、時には資金調達も大切だと思う。
いなかパイプとは別の養殖事業で資金調達を試みたこともあったが、金融機関は未来の計画ではなく過去の数字を見てお金を貸すし、投資家は株を売って儲けることを重要視するという現実を知った。総じて、社会的価値に目を向けられることは少ない。この社会の構造が変わらなければ、地方の課題にはお金が集まりにくく解決されにくいままだと思う。融資や投資を実行する方には是非この別の選択肢も考えていただきたい。 

「いなか」の課題は「とかい」の課題でもある。表裏一体だ。
今の社会の構造が変わらなければ解決はできない。91人のマジョリティの人達にも、「いなか」の社会的価値にも目を向け、自分ごととして向き合ってみてほしい。


KEY PERSON PROFILE

シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化

 日本は人口減少という社会の大きな構造変化に直面しています。特に地方経済に目を向けると、少子高齢化の進展と若者世代の首都圏への流出の加速、加えて価値観の多様性やVUCAといった、多様かつ複雑な課題への対応が迫られています。
 経済産業省では「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、我が国経済の長期持続的な成長環境を構築すべく「国内投資拡大、イノベーション加速、国民所得向上の3つの好循環」を実現のため、地方と都会、大企業と中小企業といった格差解消を成長につなげつつ、域内需要の減少をもたらす少子化を食い止める「地域の包摂的成長」という考え方を重視しています。
 それを受け、近畿経済産業局では、東北経済産業局、四国経済産業局と連携し、「今、地域・社会の価値向上につながる営みとは」「それを担い得る人物とは」について、様々な活動の実際から示唆を得るべく2020年度から本事業を開始しました。その中で、地域の魅力を捉え直し、強みに変え、内外の人々を巻き込み、プロジェクトを推進する「キーパーソン」の存在を捉え、その素養や行動様式などについて解像度を高めながら、多様な地域・場で活躍する様々な「キーパーソン」を発掘してきました。

KEY PERSON PROFILE(キーパーソン探訪&リサーチレポート)

 本稿は「KEY PERSON PROFILE 3 地域と価値とビジネスをめぐる探求と深化 自分と社会の関わりしろを捉え価値づくりに臨む十三人による探求(令和5年度)」に掲載の記事を再編集して掲載したものです。