「レコードが聴こえる町づくり」世界中の愛好家から支持をうけるレコード針会社の新たな挑戦(日本精機宝石工業株式会社)
世界中のレコード愛好家の間で有名な、レコード針の会社が兵庫県にあるのはご存じでしょうか。
企業の名前は、日本精機宝石工業株式会社。カニと温泉で知られる兵庫県新温泉町に本社と工場をかまえ、明治6年の創業から150年となる老舗企業です。
同社が位置する兵庫県新温泉町の浜坂という町は、江戸時代から明治時代にかけて日本海側の航路であった「北前船(※)」の寄港地として栄えていました。また、江戸時代から縫い針の生産地として有名で、製針の生産者が集積していました。
同社も創業当時から縫い針の生産を長年行っていましたが、縫い針の製造技術を活用し、昭和24年(1949年)から、当時流行り始めていた蓄音機用の鋼鉄針の製造・販売を開始しました。戦後の復興から人びとの生活も豊かになるにつれ、蓄音機を導入する家庭も増え、それに伴って、同社の鋼鉄針、そしてレコード針の業容も拡大していきました。
縫い針からレコード針へ
縫い針の製造技術としては、徹底した手仕事と、素材の厳選、そして厳しい品質管理があげられます。その手仕事による製造技術は現在のレコード針の製造にも引き継がれています。
大阪や神戸といった大都市から離れている土地柄、周辺に協力工場もないため、生産・加工からメンテナンスまで行う一貫生産体制を敷いていることも同社の特徴です。
また、お客様のニーズや時流に沿って、新製品を開発していく姿勢も、当社の強みです。縫い針から始まり、レコード針、その応用品であるCDのレンズクリーナーの針、そしてOEM製品である工業用ダイヤモンド工具製品(ゲージコンタクト、ダイヤモンドバー、ドレッサ)へと製品の幅を広げていっています。
職人によるこだわりの手作り
そもそもレコード針とは、レコードプレイヤーの先端に取り付けられている部品(通称カートリッジ)に装着されるものです。この針がレコード盤の溝に記録されている音声情報を読み取り、針の振動を電気信号に変換するカートリッジを経由することで、音が再生されるという仕組みになっています。さらに、レコードの面白いところは、組み合わせる針の種類によって、音質や聞こえ方が変化する点───
そこに目を付けた代表取締役の仲川さんは、リスナーの音の嗜好に合わせて、素材や固さ、大きさなどのバリエーションに応えながら、多品種少量の商品を展開していきました。現在ではレコード針の数は2350種類にものぼり、品揃え数では世界でもトップクラスとなっています。
それらを支えているのは、高い技術力を誇る、当社の職人たちです。非常に小さな針の先にダイヤモンドを付着させる作業も、職人が顕微鏡を覗き込みながら1つ1つ手作りで行っています。このように、職人の技術力の支えによって、顧客ごとに異なる要望に応えることができ、現在では90%以上が完全受注生産となっています。
自社ブランド「JICO(ジコー)」で海外へ
自社ブランド製品であるレコード針は、「JICO(ジコー)」ブランドとして展開しており、同社の社名よりもブランド名のほうが、レコード愛好家にはよく知られています。「JICO」とは、同社の社名の英語名の一部(Jewel Industry, Co Ltd)と、発音が日本語の「慈光」と聞こえることから名付けに至ったそうです。
日本国内では1980年代後半にアナログレコードのピークを迎え、レコード針の需要も徐々に減少していきました。しかし、海外では、大勢のレコード愛好家に支えられ、需要は落ちることはなく、むしろオンライン販売を通じて同社のレコード針を指名買いで注文が入るほどの人気であり、今では世界100カ国以上の販売へと広がっています。
レコード針製造から広がる夢
世界中のレコード愛好家から支持をうけるレコード針の提供にとどまらず、仲川さんの夢はさらに広がっています。
それは、兵庫県新温泉町で「レコードが聴こえる町づくり」をすること。仲川さんは、長年、レコード針の製造とからめた新規事業によって、地元の活性化に貢献できないものか、と考えていました。ある日、金融機関から「新規事業に活用できますよ」と事業再構築補助金の提案を受けた後、所属する工業会のメンバーから「観光業とのコラボレーション」をアドバイスされたことから新規事業の具体化に踏み出しました。
まず取り組んだのは、自社の工場敷地内にレコードの試聴ルームを新たに作り、ゲストが好きな音を聴く際に、当社の数多のレコード針を使い、異なった音質を楽しむなど、レコードの音でおもてなしができる半日滞在型のプランを計画しました。好きなレコードの試聴や、レコード針の製造過程の見学、蓄音機の鑑賞、そして町内のレストランと提携したランチやドリンクの提供、というパッケージプランです。このプロジェクトを「Feel Records」と名づけ、2023年10月から本格的に運営を開始しています。
そして、2024年4月には、関西でレコード針専門店を開設する予定です。レコード針の販売のみならず、レコードの音を体験できる場所として計画が進んでいます。アンテナショップを設けることで、国内や海外からの観光客に対して同社商品のアピールとともに新温泉町への誘客も目指すものです。これは「他地域で視察したオープンファクトリーの取組に感化されたものです」と仲川さん。
そしてゆくゆくは、新温泉町全体が「レコードの町」として町づくりをしたい、という大きな構想を持っています。
一貫して大切にしている想い
同社は、150年前の縫い針から始まり、レコード針、ダイヤモンド工具、そして観光業とのコラボレーションと事業が広がっていますが、一貫して大切にしていることがあります。
それは「誠意、創意、熱意をもって、社業の繁栄を図り、広く社会に奉仕し、世界文化に貢献する」という社是と、「細部にまで心配りが行き届いた『おもてなし』のものづくり」という想いです。仲川さんは「細かい部分まできちっと作り、納期は厳守するなど、顧客・社員・地元に対する『信用第一』を脈々と大切にしている」とおっしゃいます。その想いや姿勢が、世界中から愛されている商品を生み出しているのでしょう。
みなさんも、風光明媚な新温泉町で、レコードの音に浸ってみませんか。
KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]
経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業省を代表する機関であり、経済産業施策の総合的な窓口機関です。年間 1,000 件以上にも及ぶ企業訪問を通じて、未来に向けて躍動する関西企業を発掘し、そんな企業の挑戦を、より良い未来を見据えた変化への「兆し」と捉え、「KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]」として、とりまとめています。
地域未来牽引企業
地域内外の取引実態や雇用・売上高を勘案し、地域経済への影響力が大きく、成長性が見込まれるとともに、地域経済のバリューチェーンの中心的な担い手、および担い手候補である企業を、経済産業省では「地域未来牽引企業」として選定しています。