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社会課題は「見立てる」ことで、包摂できる。人と社会をクリエイティブでつなぐ可能性(シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化 関西編)

合同会社オフィスキャンプは奈良県東吉野村にある「異なるものをクリエイティブでつなぐ」をコンセプトに掲げるクリエイティブファームだ。都会と地方、行政と民間など、二項対立で語られがちなものの間にあるグラデーションを探り、その共通点や新たな可能性を発見できるような視点を、クリエイティブ、すなわち異なるものをつなぎ合わせる能力を通じて提供している。

近畿経済産業局公式noteマガジン「KEY PERSON PROFILE」、シリーズ「地域と価値とビジネスを巡る探求と深化」第1回は、合同会社オフィスキャンプの代表を務める坂本大祐さんです。

坂本 大祐
合同会社オフィスキャンプ代表

奈良県東吉野村へ2006年に移住後、コワーキングスペース「オフィスキャンプ東吉野」の企画・デザインを行い、運営も受託。
開業後、同施設で出会った仲間と「合同会社オフィスキャンプ」を設立。

取材日(場所):2024年2月(於:オフィスキャンプ東吉野/奈良県東吉野村)

坂本さんは同社の代表をつとめながら、地域の子どもを地域のみんなで支える機能をもつ「まほうのだがしや チロル堂」の運営や、地域とデザインをテーマに、仕組みづくりなどの広義のデザインを学ぶスクール「 LIVE DESIGN SCHOOL 」の企画、コワーキングスペース「オフィスキャンプ東吉野」の管理運営など、地域に紐づくものを中心に事業内容は多岐にわたっている。

オフィスキャンプ東吉野(奈良県東吉野村)

坂本さんが代表を務める合同会社オフィスキャンプは、クリエイターやデザイナーが創造的な仕事に集中でき、各自の得意を活かしながら活躍できる環境が必要だと考えた末にできた形だ。各々の自律性に委ねた新たな会社像を模索しながら、このような会社のかたちに共感し、増えていってほしいという願いをもつ坂本さんに、社会的な価値と利益とは何か、という問いを投げかけ、インタビューは始まった。

人・地域・行政・社会をつなぐ

コンセプトである「異なるものをクリエイティブでつなぐ」を体現している自負はある。
奈良県とともに実施した「奥大和クリエイティブスクール事業」では、日本を代表するクリエイターたちを講師として招き、奥大和(※1)の地域や文化、そこにある価値や暮らす人、県外からの参加者などをつないで縁を作ることができた。そこから新たなプロジェクトも生まれており、奥大和が持つ価値を社会に還元する起点となれた実感がある。

(※1)
奈良県南部と東部の19市町村から成る「奥大和」。世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」など修験道の聖地として長い歴史を持ち、近畿最高峰の山々や冷涼な高原が広がっている。

県民だより奈良2022年1月号(奈良県)

このコンセプトは事業を行う時だけでなく、自分が代表を務める会社についても意識をしており、会社が社員に対して提供できている価値もあると感じている。

地方で生活するフリーランスや経営者がその自由度を保ちながらも法人化した会社に「社員」として属することで、年金や保険、ローン等活用できる制度は増えるため、個人としての生活の安心も高まるし、個々ではなし得なかった規模の事業資金も集めやすくなる。もともとは事務・経理業務の負担軽減や行政と連携しやすくするための法人化だったが、そのような副次的な効果も実感している。

合同会社オフィスキャンプのコンセプトについて語る坂本さん

想定外に社会教育の場にもなった「まほうのだがしやチロル堂」

まほうのだがしやチロル堂に関わるようになったきっかけは、元々、子ども食堂を運営する方達からの相談からはじまったものだ。そのコンセプトを考える中で「子ども食堂≒経済的に苦しい子が行く場所」というバイアスが子ども達を苦しめている可能性に気づいた。

だからこそ、チロル堂は子ども食堂ではなく、「普通の、そしてちょっと変わったお店」に見立てようと企てた。店内には、カプセル自販機を介して、子どもが百円をチロル堂独自の通貨と交換できる「まほう」の仕組みがある。通貨はランダムに一枚から三枚入っており、それを使うことで、後ろめたさを感じることなくに百円以上の食事などを得られる。また、チロル堂には酒場やランチ営業などのメニューを持たせ、地域社会の中にある「ちょっと変わったお店」と見立てられるようにしている。

さまざまな人が訪れることで「チロル堂に行く=金銭的に苦しい」という結びつきがなくなり、気軽に利用しやすくなる。この「まほう」や「ちょっと変わったお店」という見立てによって、守られる子どもの尊厳があるだろう。

たくさんの駄菓子の上に、多くの大人の「チロった」後が残る(まほうのだがしやチロル堂)

この空間ができ、違う年代・違う学校の子どもが集まる場になった結果として、年上の子が年下の子を気遣ったり、この場が自分たちのあとにも続いていくために問題が起きないよう子ども同士で気をつけたりするなど、想定外に子どもの自治の場にもなりつつある。学校と家以外の第三の居場所が生まれ、そこで社会教育が行われているような状況だ。

「見立て」によって、支援対象も同じ社会に包摂できる

社会課題の解決は、アプローチ次第で、かえってその対象が一般社会と切り離された場所に存在するように感じさせてしまうことがある。チロル堂のような舞台装置を作ることで課題を抱えた対象も同じ社会という舞台の中に位置付け、支援しつつ包摂することができるのではないだろうか。

これが事業内でビジネスとして成立すれば理想的だ。しかし、グッドデザイン大賞を受賞するなど社会的に評価されていても、金銭的な利益を出し続けるのは難しい。現在、チロル堂を支えているのは地域外からの寄付である。寄付という贈与に近いコミュニケーションのカタチは、お返し、対価が明確にないという点で、寄付した人、された人の関係性が完了しきることなく、双方の気持ちの上で関係性が続くように思う。

この売る・買うという手段以外での関わり方には、何か可能性がある気がしてならない。

地域で暮らしながら働くなら、信頼こそが上位の利益

金銭的な利益よりも上位に「信頼」があると考えていて、仕事をする上でもそこに重きをおいている。とくに人同士のつながりが濃い地域では、信頼は非常に重要だ。

例えば、東吉野村で運営しているコワーキングスペースは整備費用に対し金銭的利益は小さい。しかし、行政に任される形で場を運営し続けることには大きな価値があると考えるし、実際にこの場があることで得たものも多い。同じ地域で暮らす人に「よくやっているな」と思われることによって、信頼が積み重なり、何かの可能性が広がっていく感覚がある。

そんな信頼し合える関係は、その人個人としての声を聞き、お互いの考え方を知ることでも育まれる。仕事から脱線した時間を共にすることも大切だろう。

コワーキングスペースに並ぶ書籍からも考え方が見受けられる(オフィスキャンプ東吉野)

クライアントの話を聞くことも自分にとっては利益だ。他者の話を聞き、考え方を想像することで、多元的な視点を得ることができる。自分と他者の考え方の差異から新たな価値を認識することは、自分の成熟にもつながる。

短期的には金銭的な利益をとることが得に思えるかもしれない。しかし、より長期的かつ広い視点で考えると、信頼や社会的価値を重視することが周囲の「存続してほしい」という希望につながり、ひいては金銭的利益も含む自社の利益につながるのではないだろうか。


KEY PERSON PROFILE

シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化

日本は人口減少という社会の大きな構造変化に直面しています。特に地方経済に目を向けると、少子高齢化の進展と若者世代の首都圏への流出の加速、加えて価値観の多様性やVUCAといった、多様かつ複雑な課題への対応が迫られています。

経済産業省では「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、我が国経済の長期持続的な成長環境を構築すべく「国内投資拡大、イノベーション加速、国民所得向上の3つの好循環」を実現のため、地方と都会、大企業と中小企業といった格差解消を成長につなげつつ、域内需要の減少をもたらす少子化を食い止める「地域の包摂的成長」という考え方を重視しています。

それを受け、近畿経済産業局では「今、地域・社会の価値向上につながる営みとは」「それを担い得る人物とは」について、様々な活動の実際から示唆を得るべく2020年度から本事業を開始しました。その中で、地域の魅力を捉え直し、強みに変え、内外の人々を巻き込み、プロジェクトを推進する「キーパーソン」の存在を捉え、その素養や行動様式などについて解像度を高めながら、多様な地域・場で活躍する様々な「キーパーソン」を発掘してきました。

KEY PERSON PROFILE(キーパーソン探訪&リサーチレポート)

本稿は「KEY PERSON PROFILE 3 地域と価値とビジネスをめぐる探求と深化 自分と社会の関わりしろを捉え価値づくりに臨む十三人による探求(令和5年度)」に掲載の記事を再編集して掲載したものです。