創るのは、和歌山のものづくりの未来 (有限会社菊井鋏製作所)
「キクイシザース」
これはハリウッド俳優ブラット・ピットを担当する美容師も使用する、プロの理容師・美容師の中では、名が知れた鋏(ハサミ)だ。
その「キクイシザース」を製造するのは、和歌山市に本社を構える有限会社菊井鋏製作所である。
創業以来、理容師・美容師というプロフェッショナルな方々の仕事を支える為に、切れ味はもちろん、使い心地や耐久性といった機能をとことんまで追及し、 シンプルでありつつも快適に使い続けられるハサミを作り続けている。
そんな同社代表の菊井健一さんが、現在特に力を入れているのが「地域におけるものづくりの発信」である。
きっかけはコロナ禍の地域でのイベント
新型コロナウイルスが流行した際、理容院・美容院は休業要請の対象にはならなかったものの、外出自粛の影響により来店客は激減。店舗を自主的に休業するところも多く、それに伴って同社のハサミの売上も激減した。
当然業況的にも厳しい現実であったが、それ以上に菊井社長が辛かったことは、外出自粛に伴う地元和歌山の閉塞感であった。
「できない事を探すのではなく“新しい生活様式”だから出来る挑戦を」との菊井社長の思いから、緊急事態宣言が解除されて間もない2020年6月に、地域で活躍する4人の美容師と一緒に、和歌山大学駅前の開放感にあふれた屋外広場で無料でヘアカットを行うイベントを開催。
「あおぞら美容室」と名付けたそのイベントは、抜けるような青空に恵まれ、家族連れ中心に20組約30名の参加者の笑顔とカットを楽しむ姿がたくさん見られるなど、大盛況であった。
菊井社長はイベントで得た経験について「これまではただハサミを利用してもらう理容師・美容師のことだけを考え、ハサミの製造を愚直に行ってきた。しかし自分達のお客さんは理容師・美容師だけではなく、その向こう側にもいるということを改めて感じる機会となり、地域の方と触れ合うことの重要性を再認識する良いきっかけとなった。」と語る。
地域のために、同社に出来ることは何か
「あおぞら美容室」の開催を経て地域貢献への思いを高めた菊井社長は、翌年の2021年に「日本工芸産地博覧会」に参加したことで次の取組へのヒントを得ることとなった。
実は菊井社長、以前に県外の若者の採用を行おうとした際、「何を作っているのかよく分からない和歌山の企業で自分の子どもを働かせたくない」との理由で、採用予定者の親から断りを受けた苦い経験がある。
「どうすればもっと当社や和歌山のものづくりの良さを知ってもらえるのか」その疑問を抱えたまま菊井社長は、同イベントに参加した。
「日本工芸産地博覧会」は、全国各地の工芸メーカーが培ってきたものづくりの技術が集う場であり、同社もハサミの製造で培ってきた技術を活かした金属加工体験ができるワークショップを出展することに。
企画段階では「こんなワークショップでお客さんが来るのだろうか」と不安であったが、開催3日間で約120人もの来場があり、菊井社長の想定を大きく上回るものであった。また、参加者に職人の技術を間近で見てもらうことで、日頃表に出ることの少ない職人に光があたる機会にもなった。
今まで当たり前に考えていた「自社の技術の価値」を外に見せることは単なる発信だけでなく「ものづくりの価値を高め、地域を盛り上げるための起爆剤になるのでは」との思いに至った菊井社長は、和歌山のものづくりを魅せる次の策に打って出る。
和歌山のものづくりの発信の第一歩
ものづくりの力を通じて地域を盛り上げようと考えた菊井社長は、和歌山のものづくり企業が集まるイベント「和歌山ものづくり文化祭」実行委員会を立ち上げた。
第一弾は、2022年に「ものづくりの未来を創る、体験と学び」をテーマに和歌山城ホールで開催。
イベントには和歌山県北部の伝統産業をはじめとするものづくり企業20社が、各社の技術を体験できるワークショップを出展し、来場者は2日間で約6,000人にも達した。
「和歌山にはものづくりのイメージはあまりないかもしれないが、実はキラリと光る企業が集まっている。参加企業同士が技術を見せ合うことで、新たな仕事につながったり、次なる事業へのヒントが見えるなどの様々な効果も生まれている」と菊井社長は語る。
「和歌山ものづくり文化祭」の理念に賛同する企業も増えてきており、今後更なる盛り上がりが期待される。
菊井社長はこれらの幅広い取り組みを通じて、和歌山のものづくり企業の魅力を若者に届けていきたいと考えている。
魅力的なハサミと共に、和歌山のものづくりの未来も創り続けていくだろう。
KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]
経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業省を代表する機関であり、経済産業施策の総合的な窓口機関です。年間 1,000 件以上にも及ぶ企業訪問を通じて、未来に向けて躍動する関西企業を発掘し、そんな企業の挑戦を、より良い未来を見据えた変化への「兆し」と捉え、「KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]」として、とりまとめています。
地域未来牽引企業
地域内外の取引実態や雇用・売上高を勘案し、地域経済への影響力が大きく、成長性が見込まれるとともに、地域経済のバリューチェーンの中心的な担い手、および担い手候補である企業を、経済産業省では「地域未来牽引企業」として選定しています。