陸上養殖サバのプラットフォーマー(フィッシュ・バイオテック株式会社)
経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業省を代表する機関であり、経済産業施策の総合的な窓口機関です。
年間 1,000 件以上にも及ぶ企業訪問を通じて、未来に向けて躍動する関西企業を発掘し、そんな企業の挑戦を、より良い未来を見据えた変化への「兆し」と捉え、「KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]」として、とりまとめています。
2022年10月に発表された「KIZASHI vol.18 『8 future technologies in Kansai – シリーズ:2025の先に待つ未来を描く 01 -』」では、非線形的な未来を掲げ、様々なアイデアとテクノロジーの力で未来を描き、実現に向けて挑戦する変革者を特集しています。
その中でも陸上養殖サバのプラットフォーマーを目指し、ICTを用いた水産物のスマート養殖に挑戦するフィッシュ・バイオテック株式会社をご紹介します。
海のないところに海をつくる
海の魚を陸上で育てようと挑戦を続ける企業があります。
ブランド鯖が食べられることで有名な、さば料理専門レストラン「SABAR」を経営する「サバ博士」こと、右田孝宣さんが2017年に立ち上げたサバの養殖事業会社、フィッシュ・バイオテック株式会社です。
社長である右田さんは、レストランで料理を提供するうち、国産の天然マサバの漁獲量が年々減少していることに危機感を覚えました。
自分たちの手で最高のサバを育てたいと、和歌山県串本町の海上養殖を足がかりに、現在は豊中市の自社内にて陸上養殖の研究開発を進めています。
大衆魚から高級魚へ ブランド鯖との出会い
右田さんは、20代のときに滞在したオーストラリアで寿司チェーン店の事業拡大に大きく貢献した実績を持ち、水産加工工場やサーモンの養殖事業にも携わった経験があります。
帰国後に鯖の総合商社「鯖や」を創業しましたが、同社の「とろさば棒寿司」は百貨店の催事でも即完売するなどファンが多く、その7年後にはクラウドファンディングを活用した「SABAR」が誕生するほどでした。
右田さんの「サバ愛」と、クラウドファンディングセミナーで行った講演がきっかけで、鳥取県とJR西日本が手掛けるアニサキスフリーの完全陸上養殖「お嬢サバ」に出会い、共同プロモーションの実施に繋がりました。
ブランド化により大衆魚が高級魚として受け入れられ、安全性と美味しさを同時に確立する様子を目の当たりにした右田さんが、サバの養殖事業への参入を決めたのは、ごく自然な流れだったに違いありません。
ICTを活用したスマート養殖に挑戦
フィッシュ・バイオテック社として、サバの養殖に着手したのは2020年のこと。同社独自の養殖研究飼育施設「サバの人工種苗生産所」を、和歌山県串本町大島の陸上に構えました。
サバの親魚から人工的に卵を取り出し、陸上で孵化させます。
5世代にわたり優良種を掛け合わせたサバの稚魚は、「サバの人工種苗」として日本各地に出荷され、各地でブランド鯖として大切に飼育されています。
同年にサバの海面養殖も開始しました。
最初は素人同然で、漁師の勘というのも無い状態でしたが、6月にNTTドコモと業務提携し、水中カメラや超音波により計測した魚体長や、海洋や衛星データ等をICTで一元収集・観測するスマート養殖機器を導入することができました。
予測できても対策できない自然の脅威
ICT機器のおかげで気候や危険予測ができるようになり、このまま順調に進むかと思えたスマート養殖でしたが、自然の脅威そのものを解決する手段がないことに気が付きました。
代表的なものは、頻発する高水温問題です。
一般的な人工生簀では、低水温になる深さまで生け簀を沈降させることで、高水温を回避することができるのですが、串本で設置した養殖場の水深では対応ができませんでした。
また、海である以上、完全にアニサキスがいないと明言することができません。
陸上養殖のソリューションを提供するプラットフォーマー
2021年12月、大阪府豊中市の自社ビルの一室に並ぶ、いくつもの水槽。
これは、水道水から作った人工海水を、複数の濾過槽で不純物の除去と分解を行い、循環させ続ける「閉鎖循環型陸上養殖」設備です。
排水が最小限で環境負荷が極めて低く、卵からの完全陸育ちで病原体侵入の恐れがなく、生食も安全です。
危険な海上作業や、漁業権や船舶免許とも無縁、水とスペースさえあれば場所を選ばず、誰でも参画できるシステムです。
同社は、陸上養殖の普及を目指すプラットフォーマーとして、来年のβ版販売に向け、海面設備時よりもはるかに早いスピードで、開発を推し進めています。