社会の境界をグラデーションに変えるために、予期せぬ偶然を創り、越境する価値を育む(シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化 東北編)
秋田市に拠点を置く株式会社なんで・なんでは、キャリアオーナーシップの開発を専門とする人事に特化したコンサルティング会社だ。さまざまな人にとって、自分の人生を自分で決めているか?という問いかけをしていきたいという思いで、2023年10月に以前の「あきた総研」から、「なんで・なんで」に社名を変更した。
近畿経済産業局公式noteマガジン「KEY PERSON PROFILE」、シリーズ「地域と価値とビジネスを巡る探求と深化」第7回は、株式会社なんで・なんでの代表を務める須田紘彬さんです。東北経済産業局とのコラボ企画です。
須田さんが社名を変えたその背景には、自分で物事を決めていく人が自分は幸せに生きていると思うことができる、という考えが根本にあるからだ。ある研究では、自己決定率が幸福感を高めるというデータもある。
そんな同社の事業内容は、組織内部の制度設計・コンサルティング、企業研修や町内会のファシリテーションまで多岐に渡り、ある意味で教育事業も近い領域だ。そんな取組を進める須田さんに、社会的な価値と利益とは何か、という問いを投げかけ、インタビューは始まった。
キャリアオーナーシップと秋田の地域課題
起業したいという思いは子どものときからあったが、秋田に帰って就職したいような会社がなかなか見つからなかった。では、自分で作ってしまえと、新卒で入ったリクルートの人材の知識と経験を生かして起業した。
今までの人材業は、とにかく企業に人が入ればいいというような考え方が多かった。しかし、われわれは一人ひとりにとって働くとは何か、何のために働くのか、何のために生きるのかを考える中で、キャリアオーナーシップを持てる人を増やす人材会社を目指してきた。
そのためにはリスクを取る勇気のある、キャリアオーナーシップを持った経営者も増やしていくことが必要だ。そのなかで、自分たちが事業で「背中で見せる」ことは大事だと思っている。地域や業界に言い訳を見つけだすときりがない。やってみるしかないし、やり方を変えなければ好転しないということを、コンサルである自分たちが実践することが重要だ。
秋田県には、宿泊者数が少ないという構造的な問題がある。
他県に比べて25%ほどベッド数が少なく、その分、食事や飲み屋に落ちるお金も少ない。
だから、秋田県の開業率は全国でワースト1位。それでは、起業をしたりチャレンジする意欲も低くなってしまう。基本的なパイを増やしていくためには、泊まる場所とコンテンツという付加価値が必要だ。
そこで去年、「夜にそれがあるから泊まる」という仕組みのためのナイトコンテンツとして焚き火の事業を秋田県と実証実験することになった。
結果は、地元の方も含めて当初の想定参加者が50人だったところに、10倍の500人の方が来て、オペレーションが回らないほどの盛況となった。
地域課題にメスを入れる価値創出の事例として手応えを感じた一例だ。
グラデーションの社会を目指して
われわれが目指すのは、グラデーションの社会だ。
いまの社会は、経営者と従業員、先生と生徒、民と官といったように至るところに境界線があって分断が生まれている。自身も、教育現場での一律な対応に生きづらさを感じてきた経験がある。「若いからダメ」ではなく、もっと相手の中身を見て考え、お互いに価値観を尊重しあえる関係を目指して、生きづらさが解消された社会的価値を実現していきたい。
そのために事業が与える価値はなにか。キャリアをデザインするのは、偶然をどう作るかという機会創出でもある。偶然をチャンスや仕事に変えてゆく。そして人が人を呼び、地域を巻き込む。
進学も就職もそうで、孔子の「三十にして立つ、四十にして惑わず」という言葉があるが、高校生や大学生にやりたいことが簡単に見つからないのは当たり前で、予期せぬところに価値があると考えている。
その上で、それぞれが自分の人生を最大化するにはどうすればいいか考え、自己判断できるキャリアオーナーシップを育むことを目指している。
やるべきことのために稼ぐ
金銭的利益の優先度は必ずしも高くない。機会創出という観点で地域への投資を重視し、クリエイティブな人材との仕事を通じて、地方でもこういう働き方ができるという姿を見せている。稼ぎたくて稼いでいるのではなく、やるべきことのために稼いでいるという意識でいる。
ある意味で、価値はイコール覚悟に近いと思っている。評価や制度設計をしてもノーという経営者もいる中で、それを受け入れる覚悟があるからこそ価値に対する金額という金銭的利益も生まれるのではないか。
「なんで・なんで」という、地域で疑問を投げかけていく会社名にした以上、既得権益で回っているものに対してお客様が受け取る価値を問い、それが本当に地域で継続すべき存在であるかを問いかけたい。
そして、事業でリスクを取って挑戦を続け、地域に対して影響力を発揮していきたい。若者に対しても、秋田でもキャリアオーナーシップを持って生きていける可能性を示すことで、今後も社会的価値を実現していきたいと思っている。
KEY PERSON PROFILE
シリーズ:地域と価値とビジネスを巡る探求と深化
日本は人口減少という社会の大きな構造変化に直面しています。特に地方経済に目を向けると、少子高齢化の進展と若者世代の首都圏への流出の加速、加えて価値観の多様性やVUCAといった、多様かつ複雑な課題への対応が迫られています。
経済産業省では「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、我が国経済の長期持続的な成長環境を構築すべく「国内投資拡大、イノベーション加速、国民所得向上の3つの好循環」を実現のため、地方と都会、大企業と中小企業といった格差解消を成長につなげつつ、域内需要の減少をもたらす少子化を食い止める「地域の包摂的成長」という考え方を重視しています。
それを受け、近畿経済産業局では、東北経済産業局、四国経済産業局と連携し、「今、地域・社会の価値向上につながる営みとは」「それを担い得る人物とは」について、様々な活動の実際から示唆を得るべく2020年度から本事業を開始しました。その中で、地域の魅力を捉え直し、強みに変え、内外の人々を巻き込み、プロジェクトを推進する「キーパーソン」の存在を捉え、その素養や行動様式などについて解像度を高めながら、多様な地域・場で活躍する様々な「キーパーソン」を発掘してきました。
KEY PERSON PROFILE(キーパーソン探訪&リサーチレポート)
本稿は「KEY PERSON PROFILE 3 地域と価値とビジネスをめぐる探求と深化 自分と社会の関わりしろを捉え価値づくりに臨む十三人による探求(令和5年度)」に掲載の記事を再編集して掲載したものです。