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古都から最新技術によるアート教育を(入江泰吉記念奈良市写真美術館×株式会社date)

XRとは、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)といった、現実の物理空間と仮想空間を融合させて、新たな体験を創造する先端技術の総称です。

近年では、社会課題や地域課題を保有する企業等がXRコンテンツ制作企業とタッグを組み、試行錯誤しながらも解決に導こうとする動きが見られます。

本記事では、メタバース美術館の開設を通じて、新たな美術鑑賞の形やアート教育に取り組む事例をご紹介します。


西日本唯一の「写真」美術館

「美術館」というと絵画などの芸術作品の展示を思い浮かべるかもしれないですが、奈良市写真美術館は写真を専門とした世界的にも珍しい美術館です。
この美術館の正式名称は「入江泰吉記念奈良市写真美術館」。

入江泰吉さんは奈良の風景、仏像を愛し、撮り続けた奈良市出身の写真家です。生前に全作品を奈良市に寄贈したことをきっかけに、奈良市が写真美術館を建設、1992年4月に開館しました。

入江泰吉記念奈良市写真美術館
開館  :1992年4月
業種  :奈良市立の写真専門美術館の運営・企画
所在地 :奈良市高畑町600-1
#メタバース美術館 #文化格差の解消 #アートインクルージョン

寄贈された写真は8万点、遺品を含めると15万点にものぼります。
そして現在、古都に佇むこの美術館で、写真とデジタル技術を活用した新たなアート教育が始まっています。

環境と調和するため美術館の大半は地下に。
茅葺きの屋根が浮かんでいるように見える。
黒川紀章氏の設計。

アートを市民に「還元」したい

現館長の大西洋さんは、東京で写真集を海外に発信するサイトを運営していたこともあり、前館長からの推薦で2022年に館長に就任しました。
それまで奈良に縁はありませんでしたが、「やるからには移住したい」と奈良市に拠点を移しました。

美術館のミッションは、作品を体系化して保存・展示することです。
写真の場合、フィルムをアーカイブして修正すると1992年の開設当時、1点あたり1万円が必要で、15万点にもなると莫大な予算がかかります。
アーカイブは美術館の重要な役割ですが、別の方法でも作品を市民に還元することができないか、と大西さんは考えていました。

そこで、写真をデジタル化し、来館できない人にも見られるようにメタバースで写真展を開催することを思いつきました。
奈良市は東西に広く、東部は高地が続く山間地です。
気軽に美術館に来られない人たちにもアートを還元したいと思いました。

メタバースの美術館の開設

そんな中、eスポーツで世界一になった元プロゲーマーであり、後に奈良市で株式会社dateを設立した社長の伊達さんと出会いました。

株式会社date
設立  :2015年
資本金 :1,000万円
業種  :web3.0(メタバース、DAO、NFT)、映像の企画・制作・運用
所在地 :奈良市西紀寺町32-4
#メタバース美術館 #文化格差の解消 #アートインクルージョン

「本当に偶然」と大西さんは笑いますが、「ちょうど前の会社を辞めたところで時間があった」という伊達さんを奈良市に呼び寄せて手伝ってもらったことが同社設立のきっかけとなりました。
date社では、作品をデジタル化するだけではなく、NFT(※)化をすることでデジタル資産上での権利証明も付加しました。

※NFT(Non Fungible Token)
偽造・改ざん不能のデジタルデータで、デジタルデータに付与して真贋性を担保する機能や、取引履歴を追跡できる機能をもつ。

そして、メタバース空間に開設した「MANA Nara City Museum of Photography」で入江さんの作品から厳選した二十数点を写真展「古都奈良―春夏秋冬」として展示しました。

この空間では奈良市内の高校写真部とのワークショップや作品の展覧会などを2023年度は4回程度実施しました。

出張美術館としてワークショップを開催

いち早く美術館のメタバース活用とアート教育を組み合わせた取組ではありましたが、5Gが届きにくい中山間地域では動かなかったり、このメタバース空間ではNFTと親和性が高いゆえに仮想通貨取引所で口座を開設しないと自由に入れなかったりなど、課題がありました。

もっと子どもたちに身近に

そこで注目したのはスマートフォンや家庭用ゲーム機で動くゲームの「マインクラフト」です。

入江さんの写真を伊達さんが二次元にデジタル化し、その上に子供たちが、様々な色のブロックを積み上げて、建物や空・雲・木々を三次元に表現します。
できあがった空間にアバターとして入ると、写真の「中」の世界が広がっており、写真に入り込んだような体験ができます。
マインクラフト上の「地図」では最上部のブロックのみが見えるため、上空から見ると写真と同じように見えます。

子供たちは表現するために必要なプロセスを考えるプログラミング思考に加え、空間把握能力や想像力、好奇心をはぐくむことができます。

実際の写真(左)と、 マインクラフトを上空から見たもの(右)

今こそアートを

なぜメタバースやゲームを活用したアート教育に力を入れるのでしょうか。

「日本ではアートに触れる機会が欧米と比較して少ないと言われる。グローバルなテック企業は創業当初からアートを取り入れていた。不確実な時代においては、正解を導き出すのではなく、問いそのものを生み出す考え方であるアート思考が、イノベーションの源泉。プログラミング教室だけでも、美術館だけでもできないアート教育をやらないといけない」

と、大西さんは美術館の存在意義とともに語ります。

未来に続くアート教育

残念ながら入江さんは美術館の完成直前に他界。
「何かを教えるというよりも先人が遺したものを体験させてあげたい。それが美術館の意義」との大西さんの思いを、「新たな技術で最高の体験を多くの子供たちに提供したい」と語る伊達さんが支えます。

写真は瞬間を切り取る芸術だが、瞬間から生まれ、未来に続くアート教育に奮闘する二人の活躍に注目したい。


KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]

経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業省を代表する機関であり、経済産業施策の総合的な窓口機関です。年間 1,000 件以上にも及ぶ企業訪問を通じて、未来に向けて躍動する関西企業を発掘し、そんな企業の挑戦を、より良い未来を見据えた変化への「兆し」と捉え、「KIZASHI[関西おもしろ企業事例集 - 企業訪問から見える新たな兆 (きざし)]」として、とりまとめています。

「KIZASHI」
https://www.kansai.meti.go.jp/1-9chushoresearch/jirei/jireitop.html